旅行は行かず、旅行記を読む

母が旅行に行きたいようで、旅行会社の広告を眺めています。でも一人では気がのらないようで、父を誘っては断られ、の繰り返し。父も仕事が忙しいですから、そうそう休んでばかりもいられないでしょう。そんな二人は、数日後には旅立ちます。一人で旅行に行ける人はすごい、と母は言いますが、私の友人は外国でも一人でふらっと行ってしまいます。時々「え?こんなところから?」と思うような場所からハガキが届くので驚きますよ。世界遺産的なところが好きなようで、私だったら誘われても行くのはためらってしまうようなところばかり。場所がという意味ではありません。長期休暇とお金が必要な、そんなところという意味です。きれいな絵ハガキと見慣れた友人の文字に「活動的な人だなあ」といつも感心します。そもそも、私は旅行に行くのは苦手なんです。日常を離れることがこわいんですよね。どこか遠くに行くよりも、家にいて旅行記を読んでいる方が好きです。そして行った気になる、と。要はインドアってことなのでしょう。本を開いて旅行気分、そしてちょっと気分転換。旅行は……近場からぼちぼち、かな。ちなみに先日はフィンランドの旅行記を読みました。イタリアの食の本も面白かったです。

無理を実践するために

初めて、ワンセグでテレビを見ました。もともとテレビを見ることが少ない私。携帯にこんな機能はいらないのではと常々思っていたのですが、必要でしたね。もちろん画像のサイズは小さいし電波が悪いのか映像が乱れたりもしましたが、大きなテレビとレコーダーが母に占拠された私にとって、ワンセグテレビはまさに救いの神でした。実は、携帯で見たら?とアドバイスをくれたのは友達なのです。無理って言う前に別の方法を探れば、何かあるものだよ。彼女はそう教えてくれました。たくさん本を読むよりよっぽど胸を打ちましたね。人は簡単に「無理」って言いがちです。できないって思うのは自分で限界を決めているからだ、なんて有名な方の格言であった気もしますけど、まさにそのとおりなんですよねえ。もちろん、テレビのことだけじゃないですよ。そういえば、昔そんな内容の本も読みました。要約すると、無理って言う前に実行するための方法を考えてみようという本です。それは同じ彼女が勧めてくれたものでした。作者さんが言ったことを、彼女は実践しているわけですよね。素直に受け入れて身につけて……私もそんなことができるようになりたいです。

引いてもダメだから叩いてみました

つい先日、出勤前に一大事が起きました。私は車通勤をしているのですが、その日はぼんやりしていたのでしょうね。運転席に乗ってバタンとドアを閉めて、さあシートベルトを締めようとしたら、ベルトが伸びないんです。見てみると、ベルトの先がドアに挟まっていました。これじゃ伸びないな、と思いながらドアを開けようとしたら……開かないのです。ベルトが挟まっていますから、きっちり閉まってもいない中途半端な状態のまま、どんなに押しても開かない。これは困ったととりあえず助手席から外に出て、外から引いても開きません。後部座席にドアを開けて隙間から覗いてみたら、シートベルトのカチャっとはめる金具の部分、そこがドアのどこかにかっちりはまってしまっているようでした。こんなことで朝から修理屋さんに行くのは嫌と、指を入れて外そうとしましたが届きません。だんだん自分のうっかり具合にいらいらしてきて「もう!」と外からドアを一発叩いたら……ドアはあっさり開きました。たぶん衝撃ではまっていた部分が外れたのでしょう。仕事は遅刻ギリギリ、間にあいました。事実は小説より奇なり、と言います。実際に話すとそんなに大げさなことではないのですが、その日の私には衝撃的な出来事でした。

日常にちょっとしたスパイスを

今日は美術館に行こうと思っていたのですが、ちょっと忙しくて無理そうです。まあこの企画、まだ先までやってるしね。なあんて思っていると、いつの間にか終わり間近になっちゃうんですよね。わかっています。いつものことです。でも前売り券を買ってあるので、終わるまでには必ず行きたいとは考えています。ちょっと前まで私は、こういったことにはなんの興味もありませんでした。美術館って入場料ちょっとお高いし、行くこと自体がめんどくさいし。でも母に誘われて展示会を見たりして、ああ、これが刺激を受けるってことかって思ったんです。やっぱりね、自分の知らないことを知ることは楽しいし、人気があることや人には、それなりにいいところがあるものです。古い歴史にも新しくえるべきところがある。それがわかったから、できる範囲で新しいものに触れたいと思うようになりました。無理をすると負担になるから、時間があるとき、金銭的に許せる範囲で、ですけどね。私はいい大人ですが、いくつになっても初体験ってあるんですよね。日常をちょっと変えるだけの非日常。それはいつしか日常になるかもしれないけど、そうしたらまた違う非日常に出会えばいい。読書もいいけど、そればかりでもね。平凡な人生のスパイスを、ちょっとずつ手に入れていけたらと思います。

本を読んで生活したい

昨夜、すごく眠かったのについ小説を手にとってしまったら、あっという間に二時間が経過していました。まずいと気付いたのが夜の十一時半すぎ。結局いつもと同じ時刻に就寝。今日は休みなので一時間ほど長く眠ることはできましたけど、休みの日はやりたいことやるべきことがいっぱいなのです。ああやっぱり昨日あんな時間まで本を読んでいるんじゃなかった。でも初々しい二人の恋愛模様が気になってしまったんですよ。図書館で借りて、次に読む本が控えているのでどうしてもどんどん読みたいんですよね。だから読み方もとりあえずストーリーを把握する程度で、とても荒いです。斜め読みにも近いかもしれない。それなら読まなければいいのにそれでも読みたいのだから、困ったものです。仕事のために読む本と、趣味のために読む本があります。でも本だけを読んで生活しているわけではありませんから、絶対的に時間が足りない……のか、時間の使い方が下手なのか。ああ、本だけを読んでいたいなんて、そんなこと、子供のときから思っています。親のお金で勉強できて、本も読めた学生時代は幸せだったなあと、今更ながらに思います。現代の大学生は本を読まないらしいですが、一体何をしているんでしょうね。勿体ないことです。

本が好きな姪っ子へ

今日私が仕事に行っているときに、親戚が訪ねてきたそうです。まだ小さな甥っ子と姪っ子。ああ、会いたかったなあ。お姉ちゃんお姉ちゃんと呼びかけてくれるのがとてもかわいらしく、嬉しいのです。仕事なんかより彼女たちと遊ぶ方がよっぽど楽しい!けれど、仕事の方が大事なのは当たり前で……悔しいです。もっと早く言ってくれればなんとかできたかもしれないのに、当日突然来るなんて。その姪っ子の方は、すごくたくさん本を読むらしいです。まだ小学生ですけどね。私が小学生のときもたくさん本を読んでいました。小学校の図書室は、本を借りて自宅に持ち帰ることができるのが四年生からだったので、私は四年生になるのをとても楽しみにしていたんですよね。やっぱり学校の図書室で読み切れる長さには限度がありますし、いくら本が好きでも外で遊んだりもしていましたから、持ち帰りたかったんですよ。あの頃は毎日図書室に行けてよかったなあ。しかも小学校の図書室だから、小学生向けのものがありますしね。姪っ子が大きくなったら、面白い本を教えてあげたいな。くまのプーさん、秘密の花園、名探偵ホームズ、ハリー・ポッターといった児童書たち。そしてもっと大きくなったら一般小説。本好きのまま、大人になってほしいです。

遠方に住む、病床の友達へ

友達がかなり体調が悪いらしく、ふせっているようです。心配ではあるのですが、なにせ遠方に暮らしているため様子を見に行くこともできず。まあ親御さんも同居されているので問題はないでしょうが、それにしても……。身体の具合はお医者さんしか治せないだろうけど、気持ちの具合ならなんとかなるかも!ということで、読むと元気になる本でも送ってあげたいのですが、やっぱり邪魔になったら悪いし、ともんもんとしています。私はかなり気持ちがダウンしていたとき、別の友達が勧めてくれたものを読んで一気に復活しましたけどねえ……人それぞれですもんね。何かしてあげたい。でも何もできない。歯がゆいです。動物が好きな子だから、かわいい動物の写真でも送ってあげようかな。でもそれをどこで撮るのか。問題です。ああそうだ、写真集でも送ろうかな。誕生日とかクリスマスでもないのに送ったら、それこそ迷惑になってしまうでしょうか。ああ、でも元気になってほしいんです!とりあえず写真集を探してみて、いいのがあったら送ろうかな。もちろん手紙を添えて。メールもいいけれど、手書きの文字って癒されますもんね。普段年賀状くらいしか書かないので、手紙を書くのは久しぶりです。ちょっと恥ずかしいな。

一期一会の出会い

今日古本屋に行ったら、私がここ最近探していた本が売っていました。しかもシリーズセットです。嬉しくてすぐに胸に抱えてしまいました。ちょうど読みたい本を見つけたときは、心がうきうきします。スキップなんて大人になってそうしませんが、飛び跳ねたくなる、そんな感じです。今読んでいる恋愛小説を読み終えたら、次に読むことにしましょう。ああ、すごく楽しみです。でもこのシリーズ、実はもう完結しているんですよね。この本を読んだら終わってしまうのかと思うと、とてもさみしいです。読めてうれしいのに終わってほしくないなんて、わがままな子供みたいですね。
でも仕方ないと思うんです。誰だって、楽しみはずっと続いてほしいものですから。まあ、このシリーズが終わったら同じ作家さんの別のお話を読むことにしましょう。まだまだ元気に書いている方ですから、その方の本自体が終わることは、当分ありませんもの。日本にどのくらいの本があって、一生にはどれだけ読めるんでしょうか。どれだけ素敵な本に出会えるんでしょうか。人も本も、出会いはタイミング。一期一会。一生かかって素敵な本を発見していきたいです。そしてすこしでも多くの人にお勧めしたい。読書って、楽しいですよって言いたいです。

架空の職業、夢みる大人

山を覆い隠すのは、霧なのか雲なのか。わからないくらいに辺りは真っ白でした。太陽など見えるはずもなく、重い雲が全てを覆った曇り空。その中を運転し会社へ向かっていたのですが、不意に、魔界の入口みたいだ、と思いました。最近、閻魔大王の出てくる話を読んでいたからかもしれません。真っ暗な地の底にある黄泉の国。その入口にいて、人間の罪を裁く閻魔大王。本を読むとすぐに影響されるのが私の悪いところです。小さな子供がアニメのヒーローに憧れるように、私もすぐに話の中の世界に浸ってしまいます。読んでいる本がファンタジーが多いものですから、大抵は現実にはいるはずもない職業の人たちです。それは最強の剣士だったり、無口な魔法使いだったり、見事な歌い手だったり。しかもそれを母に話すものですから、母はいつも苦笑しています。「頭の中がファンタジー」なんて言うんですよ。でもかっこいいじゃないですか。一振りで魔物を退治する剣士や、寡黙なのに力があって信頼されている魔法使いや、美人で綺麗な声の歌い手って。力づよく反論したら「いや、そういう問題じゃなくってね。大人は普通そういうこと言わないから」……そうですよね。でも大人だって子供みたく夢を見たっていいと思いますよ。私はね。

二人の『スプーンおばさん』

図書館で偶然見かけたので、スプーンおばさんの絵本を読みました。子供の頃、テレビで見ていた作品です。理由は覚えていませんが、なぜかスプーンのように小さくなってしまうおばさんの物語です。でも実際に絵本を読んで驚きました。え、こんな内容だった?おばさん、こんなこと言ったっけ?もしかしたら子供むけのアニメだから原作とはちがったことをとりいれていたのかもしれないし、私の記憶違いかも知れません。詳細はわかりません。ただ確かなのは、絵本のスプーンおばさんは、私の知っているおばさんとはだいぶ違って見えたということです。差異がどうしても気になって母にアニメのスプーンおばさんについて聞いてみましたが、覚えていないとのこと。会社の同僚も「そういうのがあったことは覚えてるけど、内容までは……」と首を横に振りました。ただ、私絵本も読んだ記憶があるんですよね。今回借りた絵本は、その記憶の中の表紙とは違うものでした。もしかしたら別の話はまた別の印象があるのかも知れないので、今度その本を探して借りてみる予定です。うっすらとしか覚えていないおばさんですが、覚えているのだから好きだったことは事実。スプーンおばさんの謎、いつか解決して見せます。