予期せぬ買い物

先日、テレビで話題の激安服飾品店に行ってきました。メーカーの在庫品等を独自のルートで仕入れ、格安で販売しているのだそうです。以前下見に行った時は日曜日で、それはすごい人でした。おそらく待機中とおぼしき男性たちが、退屈そうに出入り口付近でスマホをいじったりしていました。
さて中に入ってみると、あまり広くはない店内に所狭しとお洋服が。そして人もたくさん。試着室もほとんど空いていませんでした。なかなかゆっくり見られそうにない雰囲気だったので、とにかく目に付いた服の値札をチェックして、好みの服がありそうなエリアを把握して、下見完了。
そしてついにやってきた戦いの日。なけなしの軍資金を握りしめて突撃してきました。時間帯として選んだのは平日の午前中。さすがに以前よりは人少なでした。今のうちにとあれこれ試着して、各階をうろうろ、行ったりきたり。そのおかげで、とても良い買い物をすることができました。
ところでこの服飾品店の隣には、某古書チェーン店があります。せっかくだったのでここも軽くチェックしたところ、最近ハマっている作家の絶版本を発見。別の出版社から再販されてはいたのですが、ある程度手直しされた上で再販されたものなんですね。その前のものを読んでみたかったので、ちょうどよかったです。他にもあれこれ買ってしまい、大荷物に。まあ、ショッピングなんてそんなものですよね。

痩せの大食いになりたい

お金持ちほど行列に並ばない、と言いますね。行列に並んでいる時間が無駄だからだそうです。でも私は並びます。好物の前にはそんな箴言は風の前の塵に同じ。一応文庫本片手に、目指すはおいしいどら焼き!
都内の某所で売っているもので、いつも長蛇の列ができているんです。夕方には売り切れてしまうので、その方面に向かう用事があったら早めに家を出て、どら焼きを購入後に用を済ませています。かすてらみたいにふかふかの生地に挟まれた、素朴な味わいの小倉あん、白あん。たまりません。
そのあたりはちょうど大きなお寺がある場所でもあります。下町を舞台にした小説やマンガ等でもおなじみの観光名所です。古くからあるレストランが多い地域でもあるので、そのまま食べ歩きしてしまうこともあります。趣深い町並みが、妙に粋な気分にさせてくれます。やってることは単なる食べ歩きなのですが(笑)。
おいしいものを食べるってしあわせですよね。口も心もほわっとした気分になります。これで体質が痩せの大食いだったらよかったのですが……でも、適度にセーブするからおいしいものをおいしく食べられるような気もします。何事もほどほどに、まさに腹八分目がベストなのかもしれません。

カーディガンが好きです

夏でも冬でも、ちょっと肌寒くなったときにありがたいのがカーディガン。これがとても好きです。そのまま羽織ってもいいし、腰に巻くのもいい。時には膝かけにしたりと、何かと汎用性が高い!というのがその理由。ただ私、トートバッグを肩にかけて出掛けることが多いので、すぐに毛玉ができちゃうんですよね。こすれたり、静電気が発生したりとかで。マメに取ってはいるのですが、やっぱり他の衣類と比べても痛むのが早いような……。
だったらバッグ変えろと言われればそれまでなのですが、肩に何か掛かってないと落ち着かないので、常にバッグかカーディガンかの二択を迫られている(誰に?)状態。仕方がないので、カーディガンの類は某安い割に質が良いと言われるファストファッションショップで買うことにしています。早く痛んでも貧乏性が比較的疼かないから……うぐぅ。
それはそれとして、小説を読むときにも重宝しています。夏はともかく、冬は何かと羽織っていた方が落ち着くし、あたたかいんですよね。膝にブランケット、肩にカーディガン、足にモコモコスリッパ。完全防寒耐性で臨みます。それにその恰好なら何となく森ガールっぽくて、宅配便の人が来た時に恥をかかなくて済みますし(笑)。カーディガン様々です。

あこがれの宝石

自分へのごほうび、という言葉。今でもよく耳にしますよね。この間、都内の某宝石問屋街に行ってきたんです。そこで買っちゃいました。ちょっと大きめのダイヤモンドのネックレスを!もったいなくてなかなか身につけられず、目下のところタンスの肥やしになっています。せっかく買ったのに意味ないですね。でもたまに取り出して眺めるのが楽しいです。
これとは逆に何かと大活躍しているのが、数年前に購入したパールのネックレス。仕事着に、ちょっとフォーマルな場に、冠婚葬祭に……と引っ張りだこ。こんなことならもっと質の良いものを買っておけば良かったかな、とも思うのですが、だからこそこんな気軽に使い回せるような気もします。
宝石っていつの時代も女性の憧れですよね。ハーレクイン・ロマンス等の恋愛小説を読んでいると、宝石が重要なキーアイテムになっていることがあります。その貴重な宝石が元でヒロインがトラブルに巻きこまれたり、先祖代々伝わってきたという大粒の宝石をヒーローがヒロインに贈ることでゴタゴタの決着が付いたり等。
そんなステキなシチュエーションを1度でいいから味わってみたいのですが、小説の中だからこそステキに思えるのかもしれないなぁ……と自分に言い聞かせている今日この頃です。

宝くじにかける夢

シーズンごとの楽しみ。それは宝くじ。お金持ちほど買わないと言いますが、それでも夢を見てしまうのが庶民というもの。
我が家から電車を乗り継いで4駅くらいのところに、「当たる!」と評判の宝くじ屋さんがあります。その近辺はとても開けていて、駅ビルなどが林立している繁華街。ですので、買物がてらぶらりと行ってきたことがあります。
着いてみるとすごい人でした。ズラーッと並んでいます。行列に並ぶのって実はあまり好きではないのですが、せっかくだったのでがんばって並びました。幸い、いつもバッグの中には小説が入っているので、退屈することはありませんでした。ただ、足が疲れる!日頃の運動不足が身にしみはじめたころ、やっと私の番になりました。
当選金額は少ないけれど、本数は多いというくじを購入。ついでに近くの神社で当選を祈願しちゃったりして。こういうときだけ殊勝にお参りするから、当たらないのかもしれません。帰宅後はくじを神棚へ。
後日、結果は――何と、3000円の当たりが1本。元は全然取れてないのですが、全部外れるよりはよかったかなと。この3000円+αで、今度ちょっと豪華なランチを食べてこようと思います。次こそは高額が当たるといいな。

タイタニック号に乗った日本人

突然、思いも寄らぬところから中傷されることってありますよね。ありますよね、というかあったんですが。むかっ腹を押さえ押さえストレス解消に励んでいるときに思い出したのが、あのタイタニック号に乗っていたという日本人の話。
タイタニック号の悲劇性は古今東西のクリエイターを惹きつけ、様々なお話のモチーフになっていますよね。映画が大ヒットしたことでも有名です。そのタイタニック号に1人だけ乗っていた日本人が、細野正文、当時42歳。彼が残した手記は備え付けの便せんに記されたもので、その存在が後々、彼の名誉を回復することになりました。
というのは、「最後の救命ボートに飛び乗った日本人」を、別のボートに乗っていたイギリス人が目撃していて、その日本人を卑怯者だと中傷したからです。救命ボートに乗るのは女性と子供が優先ということになっていたからですね。実際は人違いだったそうですし、晴臣自身確かに救命ボートに乗船してはいたものの、ルール違反は重々理解しての乗船だったため、帰国後にあらぬ噂をかきたてられても、じっと沈黙を守っていたのだとか……。彼の名誉がその手記によって回復されたのは死後のことです。
自分が実際その立場に置かれたらと思うと、ちょっと考えてしまいます。何と言っても生命の危機ですから。せめて安易に人を中傷するようなことはしないでおこう、と自分を戒める今日この頃です。

「アルムおんじ」の過去

夕食後、録り溜めていた映画をだらだらと見ていたときのことです。何だかとてもクラシックな感じのアニメとコラボレーションしたCMが映りました。そのアニメは『アルプスの少女ハイジ』でした。原作の小説を読んだことはなくても、アニメの映像なら見たことがある、という人も多いのではないでしょうか。
そのCMでのコミカルなアルムおんじの姿を見ていて、思い出したことがあります。アニメと原作で、ちょっと描写が違うんですよね。ちなみに「アルム」は名前ではありません。アルプス地方の放牧地の呼び名であって、本名は原作でも明かされていません。
アニメではちょっとへんくつながらも、ハイジのよき理解者としてどっしり構えたステキなおじいさんだったはずの彼。じゃあ原作ではどんな人かというと、青年時代は豪農の実家をバックに威張り散らすドラ息子。跡を継いでからは酒とギャンブルに溺れて身を持ち崩し、家を手放した後は放浪の末軍隊に。そこでちょっとしたケンカから殺人の罪を犯し、脱走。さらに15年間放浪して……と、まさに波瀾万丈の人生。
その理由は、彼に信仰心が足らなかったから。因果応報ってやつなんでしょうかね。でも、CMのコミカルおんじはとっても楽しそうです。見ていてしあわせな気分になります。

僕ら、結構古い付き合いだよね。たぬきに思うこと。

森林の多い地域を歩いていると、ふっと道に飛び出してくるふかふかの生き物――たぬき。かわいいので飼ってみたいのですが、見た目はかわいくとも凶暴で、なかなか懐かないらしいのが残念です。田畑やゴミ捨て場を荒らしたりする嫌われ者でもありますね。一度つがいになると死ぬまでペア関係を貫くなど、かわいいところもあるのですが……。日本人にとっては、昔話でもお馴染みの存在ですね。『かちかち山』や『ぶんぶく茶釜』など、子どもの頃に一度は触れたお話ではないかと思います。さてこのたぬきという生き物、おなかがポンポンに膨れていて、陰嚢を広げると八畳敷、よく人を化かし、罰され、因果応報の教訓をその身を以て示し……何というか、半分妖怪?むしろ妖怪?なイメージがありますよね。たぬきが日本文学に登場するのはかなり古い時代からのことで、『日本書紀』の記述によれば、人に化けて歌を歌っていたとか。変化の術自体は相当昔から会得していたのですね。その後生まれたエピソードも、人を化かして困らせるものが大半だったようです。『かちかち山』もその類型の一つだとか。『ぶんぶく茶釜』では変化の術を恩返しのために使っていますが、元々はたぬきではなくきつねのエピソードだったとか……。たぬきのイメージアップのためには、黙っておいた方がいいのかもしれませんね。そして江戸時代になると、儒教的価値観により、悪~いたぬきの因果応報物語がもてはやされます。お腹が突き出て陰嚢八畳敷なイメージも、この辺りから付与されたのだとか……。ちょっとかわいそうなような、却ってかわいくなったような?ともあれ、これからも元気に山野を駆け回り、面白い物語を生みだしてほしいものです。

読書のお供に。ふかふかクッション。

読書をする際の姿勢は大切ですね。人間工学に基づいたワーキングチェアにぴしっと座って読書するという人もいれば、ふかふかのリクライニングチェアにゆったり腰かけて座るという人もいるでしょう。こたつやベッドでごろ寝しながらの読書もまた乙なものです。個人的に、読書に必要なものの一つにクッションがあります。どんな椅子に座っていても、いつかは疲れるものですし、楽な姿勢の形成に何かと便利なのです。お尻の下に敷いたり、腰に当てたり、足置きにしてむくみ・痺れ対策にしたり……。ふわふわの綿やサラサラのビーズ、ふっくら羽毛など、素材を好みで選べるのがいいですね。インテリアに合わせてカバーを掛け替えるのも楽しみです。気分が一新されます。カバーの場合、素材や柄で季節感を出しやすいのもいいですね。あたたかいボア素材のカバーを掛けた大きめのクッションを枕に、こたつで寝転がったときのしあわせ感といったら、こたえられません。そして、時間を気にせずだらだらと本を読みます。眠くなったらうたた寝して……冬の楽しみです。最近は、英国ヴィクトリア朝風(あくまで風)のカバーで部屋全体を統一して、一人シャーロック・ホームズ気取りを楽しんでいたりします。重厚な柄のクッションがあるのとないのとでは、ごっこ遊びのリアリティ感も違うような。笑。クッション、かなり汎用性の高いアイテムです。

あなたの財布を開かせる。魔性の古書店。

とっくに絶版してしまって電子版にもならないような本、特に専門性の高い書籍などは、やはり自分の脚で探すことが必要になってきます。ネットでお安く買えれば御の字ですが、プレミアが付いていたりすると、ちょっと実物を見ないまま買うのは抵抗がありますね。そんなときにありがたいのが、老舗の古書店です。特に、専門ジャンルを持っているような古書店だと、いたずらに書店ジプシーをしなくて済みますし、探している本が見つかる可能性が高くなります。見つからなくても、店主から情報をいただける場合があります。そんな老舗の古書店が集まっている場所と言えば――神保町の古書街が有名ですね。秋の古書祭りには例年多くのお客さんが訪れます。私もその一人です。
さて、神保町のような古書街に何度となく通っていると、何となく行きつけのお店のようなものが出てきますね。行ったら必ず回る店、と言いますか、妙に波長が合う店、と言いますか。もちろん、町中にさりげなくあるような古書店にもそのような店はありますので、ピンと来たらすぐチェックしています。そしてそういうお店には、必ずと言っていいほど、私のアンテナに引っかかる本があるんですよね。入ったら最後、財布の紐をゆるめないわけにはいかない、そんな魔性の店を見つけたらラッキー。金脈を見つけたようなものです。全国各地で書店の閉店が相次いでいるというニュースが流れるようになって久しい昨今、息長くがんばっていただきたいです。