宝くじにかける夢

シーズンごとの楽しみ。それは宝くじ。お金持ちほど買わないと言いますが、それでも夢を見てしまうのが庶民というもの。
我が家から電車を乗り継いで4駅くらいのところに、「当たる!」と評判の宝くじ屋さんがあります。その近辺はとても開けていて、駅ビルなどが林立している繁華街。ですので、買物がてらぶらりと行ってきたことがあります。
着いてみるとすごい人でした。ズラーッと並んでいます。行列に並ぶのって実はあまり好きではないのですが、せっかくだったのでがんばって並びました。幸い、いつもバッグの中には小説が入っているので、退屈することはありませんでした。ただ、足が疲れる!日頃の運動不足が身にしみはじめたころ、やっと私の番になりました。
当選金額は少ないけれど、本数は多いというくじを購入。ついでに近くの神社で当選を祈願しちゃったりして。こういうときだけ殊勝にお参りするから、当たらないのかもしれません。帰宅後はくじを神棚へ。
後日、結果は――何と、3000円の当たりが1本。元は全然取れてないのですが、全部外れるよりはよかったかなと。この3000円+αで、今度ちょっと豪華なランチを食べてこようと思います。次こそは高額が当たるといいな。

タイタニック号に乗った日本人

突然、思いも寄らぬところから中傷されることってありますよね。ありますよね、というかあったんですが。むかっ腹を押さえ押さえストレス解消に励んでいるときに思い出したのが、あのタイタニック号に乗っていたという日本人の話。
タイタニック号の悲劇性は古今東西のクリエイターを惹きつけ、様々なお話のモチーフになっていますよね。映画が大ヒットしたことでも有名です。そのタイタニック号に1人だけ乗っていた日本人が、細野正文、当時42歳。彼が残した手記は備え付けの便せんに記されたもので、その存在が後々、彼の名誉を回復することになりました。
というのは、「最後の救命ボートに飛び乗った日本人」を、別のボートに乗っていたイギリス人が目撃していて、その日本人を卑怯者だと中傷したからです。救命ボートに乗るのは女性と子供が優先ということになっていたからですね。実際は人違いだったそうですし、晴臣自身確かに救命ボートに乗船してはいたものの、ルール違反は重々理解しての乗船だったため、帰国後にあらぬ噂をかきたてられても、じっと沈黙を守っていたのだとか……。彼の名誉がその手記によって回復されたのは死後のことです。
自分が実際その立場に置かれたらと思うと、ちょっと考えてしまいます。何と言っても生命の危機ですから。せめて安易に人を中傷するようなことはしないでおこう、と自分を戒める今日この頃です。

「アルムおんじ」の過去

夕食後、録り溜めていた映画をだらだらと見ていたときのことです。何だかとてもクラシックな感じのアニメとコラボレーションしたCMが映りました。そのアニメは『アルプスの少女ハイジ』でした。原作の小説を読んだことはなくても、アニメの映像なら見たことがある、という人も多いのではないでしょうか。
そのCMでのコミカルなアルムおんじの姿を見ていて、思い出したことがあります。アニメと原作で、ちょっと描写が違うんですよね。ちなみに「アルム」は名前ではありません。アルプス地方の放牧地の呼び名であって、本名は原作でも明かされていません。
アニメではちょっとへんくつながらも、ハイジのよき理解者としてどっしり構えたステキなおじいさんだったはずの彼。じゃあ原作ではどんな人かというと、青年時代は豪農の実家をバックに威張り散らすドラ息子。跡を継いでからは酒とギャンブルに溺れて身を持ち崩し、家を手放した後は放浪の末軍隊に。そこでちょっとしたケンカから殺人の罪を犯し、脱走。さらに15年間放浪して……と、まさに波瀾万丈の人生。
その理由は、彼に信仰心が足らなかったから。因果応報ってやつなんでしょうかね。でも、CMのコミカルおんじはとっても楽しそうです。見ていてしあわせな気分になります。

僕ら、結構古い付き合いだよね。たぬきに思うこと。

森林の多い地域を歩いていると、ふっと道に飛び出してくるふかふかの生き物――たぬき。かわいいので飼ってみたいのですが、見た目はかわいくとも凶暴で、なかなか懐かないらしいのが残念です。田畑やゴミ捨て場を荒らしたりする嫌われ者でもありますね。一度つがいになると死ぬまでペア関係を貫くなど、かわいいところもあるのですが……。日本人にとっては、昔話でもお馴染みの存在ですね。『かちかち山』や『ぶんぶく茶釜』など、子どもの頃に一度は触れたお話ではないかと思います。さてこのたぬきという生き物、おなかがポンポンに膨れていて、陰嚢を広げると八畳敷、よく人を化かし、罰され、因果応報の教訓をその身を以て示し……何というか、半分妖怪?むしろ妖怪?なイメージがありますよね。たぬきが日本文学に登場するのはかなり古い時代からのことで、『日本書紀』の記述によれば、人に化けて歌を歌っていたとか。変化の術自体は相当昔から会得していたのですね。その後生まれたエピソードも、人を化かして困らせるものが大半だったようです。『かちかち山』もその類型の一つだとか。『ぶんぶく茶釜』では変化の術を恩返しのために使っていますが、元々はたぬきではなくきつねのエピソードだったとか……。たぬきのイメージアップのためには、黙っておいた方がいいのかもしれませんね。そして江戸時代になると、儒教的価値観により、悪~いたぬきの因果応報物語がもてはやされます。お腹が突き出て陰嚢八畳敷なイメージも、この辺りから付与されたのだとか……。ちょっとかわいそうなような、却ってかわいくなったような?ともあれ、これからも元気に山野を駆け回り、面白い物語を生みだしてほしいものです。

読書のお供に。ふかふかクッション。

読書をする際の姿勢は大切ですね。人間工学に基づいたワーキングチェアにぴしっと座って読書するという人もいれば、ふかふかのリクライニングチェアにゆったり腰かけて座るという人もいるでしょう。こたつやベッドでごろ寝しながらの読書もまた乙なものです。個人的に、読書に必要なものの一つにクッションがあります。どんな椅子に座っていても、いつかは疲れるものですし、楽な姿勢の形成に何かと便利なのです。お尻の下に敷いたり、腰に当てたり、足置きにしてむくみ・痺れ対策にしたり……。ふわふわの綿やサラサラのビーズ、ふっくら羽毛など、素材を好みで選べるのがいいですね。インテリアに合わせてカバーを掛け替えるのも楽しみです。気分が一新されます。カバーの場合、素材や柄で季節感を出しやすいのもいいですね。あたたかいボア素材のカバーを掛けた大きめのクッションを枕に、こたつで寝転がったときのしあわせ感といったら、こたえられません。そして、時間を気にせずだらだらと本を読みます。眠くなったらうたた寝して……冬の楽しみです。最近は、英国ヴィクトリア朝風(あくまで風)のカバーで部屋全体を統一して、一人シャーロック・ホームズ気取りを楽しんでいたりします。重厚な柄のクッションがあるのとないのとでは、ごっこ遊びのリアリティ感も違うような。笑。クッション、かなり汎用性の高いアイテムです。

あなたの財布を開かせる。魔性の古書店。

とっくに絶版してしまって電子版にもならないような本、特に専門性の高い書籍などは、やはり自分の脚で探すことが必要になってきます。ネットでお安く買えれば御の字ですが、プレミアが付いていたりすると、ちょっと実物を見ないまま買うのは抵抗がありますね。そんなときにありがたいのが、老舗の古書店です。特に、専門ジャンルを持っているような古書店だと、いたずらに書店ジプシーをしなくて済みますし、探している本が見つかる可能性が高くなります。見つからなくても、店主から情報をいただける場合があります。そんな老舗の古書店が集まっている場所と言えば――神保町の古書街が有名ですね。秋の古書祭りには例年多くのお客さんが訪れます。私もその一人です。
さて、神保町のような古書街に何度となく通っていると、何となく行きつけのお店のようなものが出てきますね。行ったら必ず回る店、と言いますか、妙に波長が合う店、と言いますか。もちろん、町中にさりげなくあるような古書店にもそのような店はありますので、ピンと来たらすぐチェックしています。そしてそういうお店には、必ずと言っていいほど、私のアンテナに引っかかる本があるんですよね。入ったら最後、財布の紐をゆるめないわけにはいかない、そんな魔性の店を見つけたらラッキー。金脈を見つけたようなものです。全国各地で書店の閉店が相次いでいるというニュースが流れるようになって久しい昨今、息長くがんばっていただきたいです。

ちょっと時間が余ったときはどうしましょう?

帰宅して、やることは全て終わって後は寝るだけ、とはいえ寝るにはまだちょっと早い。そんな時ってありませんか?お休みで家にいるけど、やるべきことは終わってしまったし、さて、何をしようか?なんていう時。そういう時はぜひ本を読んでください。
寝る前の時間なら、ちょっとダウナー系の内容やまったりリラックスできるような作品がおすすめです。副交感神経が刺激されて、深くて良い眠りに誘ってくれるでしょう。また、自分を高めてくれるような啓発系の本もおすすめです。なかなかゆっくり時間を割くのは難しいと思いますが、寝る前に読むことであわてずにゆっくり内容を理解できると思います。お休みの日に読むなら断然冒険ものやミステリーなど推理物!わくわくドキドキする時間を作るのは大切な事です。ただ、夕方前後に読むなら恋愛モノがおすすめです。休日の午後のゆったりとした時間の雰囲気を味わうなら、大人の恋。しっとりと絡み合う慕情を夕日を眺めながら読むなんて、素敵だと思いませんか?ただ作品を読むのも楽しいですが、その時のTPOに合わせて読む本を変えてみるというのはとてもいいことだと思います。より楽しむために、いまどういう気分なのかを見つめて選んでみてくださいね。

未知なる喜びのタワー

友達に「面白い本を教えて欲しい」と言われたので、漫画ならこれ、小説ならこれ、児童書ならこれ、と延々勧めてきました。そして勧めた後に、これは友達に勧めたんじゃなくて、自分が好きな本を教えただけだったと気付きました。彼女が好きそうな本を教えてあげるべきだったのに、私の好みで言ってしまったので、たいへん偏った選択になっていたんです。今更ながら、反省しています。でも中の一冊に彼女は興味を持ってくれたようで「さっそく買ったよ」と連絡が来ました。自分のお勧めを手に取ってもらえるのは、とても嬉しいことですね。彼女の好みに合って読み返される本になってくれたらいいなと思います。私も彼女に一作勧めてもらったのですが、調べたら文庫本でかなりの冊数が出ているようだったので、今は読むのを諦めました。積読がただでさえたくさんあるうえに、先日眠れなかった夜中に、ネットで本を注文してしまったので……。本は服のように、代替えが聞かないのが辛いところです。ファンタジーを読みたいけど、サスペンスしかないからそれでいいか、とは絶対なりませんもの。服なら赤い服がいいけどオレンジでもまあいいか、とかなるのに。頼んだ本は数日で届く予定です。積読タワーは未知なる喜びタワーでもあるんですよ。

若い彼らから学んだ力

先日テレビで、高校生が集まった、百人一首の大会の様子を放送していました。百人一首といえば、学生時代の授業でやったことがあります。全ての句は当然覚えていませんから、聞いてから札をとるまさにカルタ取りレベルではありますが。しかし大会は違いますね。上の句が読まれた直後、一斉にぱあんと札をとる音が鳴ります。生徒の座り方からして違いますもの。皆前のめりで、じっと札を睨み付けていました。座って行う札とりが、スポーツのように見えました。それくらい全身の力と瞬発力を使っていたんです。正直、ここまで情熱を注ぎこめるなんてすごいと思いました。私の学生時代はそこまで部活動に熱心ではなく、友達と遊んでいることの方が多かったからです。テレビが追っていた高校生のグループは結局負けてしまったんですが、それでも彼らは輝いていました。悔し涙も格好良かったです。彼らはきっと、負けた試合からも何かを学ぶのでしょう。若さあふれる大会に、目が釘つけでした。私はもうあの頃には戻れませんが、彼らの努力を胸に、今後の生活を前向きに生きていきたいと思いました。結果はどうあれ、努力する姿は美しく魅力的で、決して無駄にはならないのだと教えられました。

本はかわいいご令嬢

手放す予定の本は、本棚から抜き出して、紙袋に入れています。廃品回収の日が近くなったらもう一度袋の中を見て、本当に必要ないか自問し、ないということになったら紙紐でまとめるのです。ちなみに紙袋を置いているのは、窓側の壁とタンスの間です。ある冬の日、私は近づいた回収日を前に、本の入った紙袋を取り出しました。本棚のスペースが足りずに泣く泣く処分するものだったのですが、平積みに重ねた山の一番上を見て、びっくりしましたね。本の表紙がしっとりと濡れていたんです。家の中に置いていたのだから雨に濡れるわけはないし、水をこぼした覚えもない……と考え、気づきました。冬、そして窓とくれば。結露です。窓の近くに置いていたからきっと結露で、濡れてしまったのでしょう。手放す予定とはいえ濡れたまま置いておくのもどうかと思い、床の上に本を置いて乾かしました。それまでもずっと袋に入れて窓際保管してきましたが、こんなことは初めてでした。ちなみに夏の場合の窓際は、気づかないうちにかなり本の日焼けが進みます。図書館の書庫が、いつでも暗くて窓がない理由がわかりますよね。日光や埃に弱くて湿気にも弱いなんて、本はまるで深窓の令嬢のようです。大事に守ってあげなければいけませんね。